ようこそ焼肉れすとらん大幸へ、大幸は年中無休で営業中。皆様のお越しをお待ちしております。

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忙しいって何だろう?

8月5日。

ROMANTICAのライブにまた行ってしまった。

 

中目黒の「楽屋」というお店だった。

田中倫明さんから、鶴ヶ島でライブがあるから宣伝お願いします!とチラシを受けとったのに、実際、鶴ヶ島に声をかけた人は誰も来られなかった。申し訳ないな!と思ったのと、私が倫明さんのライブの良さを初めてでみんなに伝えられなかったのを少々悔いていたので、何とか今回のツアーの最終日に、もう一度誰かを誘っていきたかった。

 

私はいつものように、5日の金曜日に大幸を空けられるようにと、いろいろと作戦を練った。

大体いけそうな目鼻をつけてから、目黒に在住の高校の同級生に電話をした。

「明日の夜時間を作ってほしい」という突然の電話にもかかわらず、彼女は一つ返事でOKしてくれた。

誘った私がいけるかどうか直前までわからないのだから、早くからは、なかなか友達は誘えない。

 

本当に運よく中目黒のライブハウス「楽屋」に行くことができた。

何しろ彼女にとって、中目黒は庭のようなものだったから。

友達は音大を出て、ピアノの先生をしている。

東京で職業としてピアノの先生をしているのだから、素晴らしいと思った。

彼女は倫明さんたちの楽器にとても興味を示した。

 

突然の誘いに友達は喜んで時間を作ってくれたし、私もまた違う会場で2度もライブを体験できて本当にうれしかった。

 

私は朝から寝るまで毎日スケジュールがいっぱいなんだけど、ライブに行く時間は運よく空きができていた。

 

忙しいって、何だろう?

自分で勝手に「isogashii」と思っているだけかな?

確かにいろんな欲でいろんなスケジュール入れているだけかもしれない。

予定は未定。

今だいじなことに時間を使いたい。

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

映画

私がボランティア活動を始めたきっかけは、小山内さんの講演を聞いたことがきっかけだった。

 

小山内さんは主に、「カンボジア」を支援していた。

その後私がマラソン大会に行くようになって、有森裕子さんがスポーツを通じてやっぱりカンボジアを支援しているのを知り、

マラソンは得意ではなかったけれど、私もカンボジアに行ってアンコールワットの周りを義足のランナーと走らせてもらった。

義足のランナーは速かった。

そのころは、私も今より時間があったのでいろんな活動をしたり、いろんなところに行った。

かつては、大幸も人手があったし、私は家や、家族のことを後回しにして、いろんなことができた。

私の代わりをしてくれる人に恵まれていた。

なべおばあちゃんがいなくなってから、私はすっかり「家付き」になって、活動を縮小せざるを得ない。

 

そんな折、小山内さんのお便りからカンボジアの映画のお誘いを受けた。

以前よく行った「岩波ホール」。

私は大幸の仕事の合間を縫って、久々に行ってみようと思って、出かけた。

岩波ホールは「思いのある良い映画」を上映し続けているし、何しろ駅に隣接している。

そして、東松山から一直線で行けるのがいい。

 

「激動の時代を生きた映画人たちの壮大なヒューマンドラマ!」

「シアター・プノンペン」という映画だった。

 

黒柳徹子さんが、

「幻想的な映画!私がカンボジアに行ったのは30年前、ポルポトに三百万もの人々

が殺された少し後でした。この映画の母親役や映写技師はその中を生きのびた人達。

ラブストーリーでありながら悲しい歴史を伝える壮大な作品。」と、

この映画のチラシで言っている。

 

私の心にもしみこむ。

 

なんでもそうだけれど、いいものってじわじわとしか伝わらないけど、いいものに出会えるって本当にうれしいこと。

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

世間様へのお返し

明日の予定はある。

しかし、明日のことは明日になってみないと分からない。

一寸先は闇!

 

ふと、去年の日記を見た。

確か、日本体育協会のコーチの研修会に行ったりとかなりハードスケジュールだったなと思った。

 

明日の365日後は来年。

 

去年の365日後は今年。

 

去年、私はこういうう今を迎えるなんて、想像できなかった。

想像以上のことが起こるものだ。

今は今なりのハードスケジュールでいっぱいだ!

 

そのハードスケジュールを縫うように、ふわっと、予定がない日ができる。

7月27日も、ふわっと予定が空いた。ちょうど3回目のボンシャンスのフランス行きの空港のお見送りの日だったので同伴させていただいた。

今回は、若い中学生、高校生のメンバーだった。

私はなぜこのこたちのお見送りに同伴するのだろうか?

その訳の心当たりは、そう、私の娘たちが中学生の時お世話になった、読売新聞主催のカルフォルニアでのサマーキャンプに在ると思える。

 

今の大幸と違って、20数年前は、想像もつかないくらい大幸は毎日忙しく、私は子供のお世話をする間もなかなかなかった。

その時、夏休みだからと言って、子供たちをどこかに遊びに連れて行ったあげられない私たちの代わりに、大学生が引率して連れて行ってくれるキャンプを見つけた。しかも4週間という長期間。

小学生を一人で4週間もキャンプに出すなんて・・・・しかも外国。「不安」と考える余裕は当時の私にはまったくなかった。

 

他人に子供を見ていただけるだけで本当に助かった。というのが私の事情だった。

 

子供たちは何とか世間様に育てていただいて、何とか無事に大人になれた。

今、私には当時よりたくさん時間が作れるようになったので、今度は私がお手伝いできることをする番!

私はこんな風に考えている。

そして、私の近くで世間様にお返しできる一番近くにあることが今の時点では、ボンシャンスの中学生たちの空港へのお見送りだった。

 

一般的には、自分の子供は自分で見るかもしれない。

しかし、私にはわたしの事情があって、今、そのお返しをさせてもらっている。

私はこれから、まだまだいろいろなことで『世間様にお世話になっている「お返しという課題」』が積算している。

少しずつですが大幸の仕事の合間を見つけて、たくさんお返しができるようにと思っている今です。

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

日本体育大学に行きました

6月のある日、新聞を何気なく見ていたら、「組み体操・マラソン.…スポーツ事故防ぐ」という見出しで、公開講座があるという記事が目に入った。

日時は、7月23日は土曜日。

私の予想としたらその日は、大幸は梅雨が明けて、「偉く暑くて、忙しいか」あるいは「梅雨がまだ明けずで雨が降っている」そのどちらかだ。

ともかく予想しているだけではどうにもならない。

申込みだけは気が変わらぬうちにと、すぐに電話で申し込みをした。

 

場所は日本体育大学。

健志台キャンパス。

なじみのない東急田園都市線青葉台駅よりバスで向かう。

というか、私には体育大学の門をくぐるということ自体なじみのないことだ。

小学校時代、ほとんどだれもが大好きなはずの外遊び。それが苦手な私には考えられない50年後の出来事だ!

 

早速私は携帯で当日の行き方を調べて、当日を待っことにした。

 

大幸が非常に忙しそうだったら止め!と心で思ったりもした。

 

いよいよ23日。私にお天気が味方した。

この頃としたら涼しい。イコール大幸は忙しくはないという39年の経験にもとずく予想。

また、幸か不幸か、私が念力をかけていたのか、大幸には大きな予約もはいらなかった。

これならいける。

 

いつものことだけれど、私は獲物を狙う時の獣のように、静かにじっと様子をうかがっていた。

だから23日の日本体育大学に行くという予定は私の心での「隠密」となっていた。

やたら公言したら夢の話になってしまいそうに思えた。

 

行ってみた感想。

「よかった!」

「スポーツに伴う救急事故を防ぐ」というテーマは、スポーツにかかわる人全員が考えねばならないテーマだから。

なぜなら、スポーツには事故はつきものだから。

しかし、けがをさせてはならないもの。

指導者は知っていなくてはならないし、少なくとも私は、「日本体育協会」のコーチの資格の勉強をした者として、学校の体育が苦手だった私こそは、更に機会を見つけて勉強していかねばならないと思っている。

 

今回は、市民講座だから、難しいことを、やさしく、深く、面白くお話してくださるよう配慮がされていた。

 

7人の講師の先生が20分ずつ本当に時間を有効に、かつ飽きないように充実した時間を作ってくださった。

大学関係で教授をされている方、研究をされている方。

体育関係、医学関係と、電話1本で申し込むだけでこれだけの講師の先生のお話を聞ける機会はそうはないと思った。

貴重な機会と空間だった。

 

これから、私は本を読んだり実践の積み重ねなどで、大幸のお客様とのさりげない会話にこの勉強を生かせたら、その時この忙しい合間を縫って勉強に行かせていただけたことへ恩返しができると思う。

 

大幸は、ただの焼肉屋、だけれども、一味違った個性を持ったただの焼肉屋でありたい。

 

そう思う私も、渋谷から青葉台にかけて、だんだん気持ちが揺らいでいた。青葉台でも、日本体育大学行のバスターミナルは順調に見つかった。

しかし、並んでいる人がすべて体育大学関係者に見えてしまう。私が勝手に想像する「体育大学生」に見えてしまう。

 

ロードバイクのコーチの勉強のときもそうだったけれど、場違いのところに来てしまった!と、今更のように気づく。

ドキドキする気持ちを抑え、「ひるまず、ひるまず」と自分に言い聞かせる。

公開講座だもん!誰が行ってもいいんさ!私はスポーツのことがわからないからこそ勉強しなくてはいけない!んだ!

 

日本体育大学社会貢献推進機構のトップは「谷釜 了正 日本体育大学学長」からのあいさつで始まった。

開催にあたって、多くの方々のご協力でこの会が出来ていること。大学は社会に貢献する役目があること。

それを、こういう形で実現していること。

大学生もたくさんお手伝いをしていた。

私には、資料や様々な準備など至れり尽くせりさが感じられた。

 

一生で一日しか日本体育大学に行く機会はなかったかもしれないけれど、大学の中も歩いてみたし、学食に行ってお昼も食べさせてもらった。

40年以上前に戻って、大学生に戻れたら、ここに普通にいてみたい。

もしそれができたとしても、当時の私には、体育大学の学生にはなれないだろう。

しかし、心の中で思いがあれば、たった一日だけど、大学生になったつもりで大学の先生から教えを乞うこともできるものなんだと思った。

 

毎日毎日の変化は少ない。

39歳から、ほんの1キロずつでいいから自分をだましだましして走ったこと。

それから20年余り。

私が「スポーツに伴う救急事故を防ぐ」というタイトルに惹かれるまでになったこと。

 

走った時もたくさん転んだ。

ロードバイクに乗るようになってもたくさん転んだ。

 

ライフセーバーの講師の先生が、「事故を未然に防ぐことが一番のライフセービング」と仰っていた。

 

この言葉が今回一番印象に残る言葉です。

 

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

目まぐるしく変わる日々

本当は平凡な毎日のはず。

 

朝起きて、玄関の周りの草花に水をやり、畑でなすときゅうりとトマトをとって、シャワーを浴び朝食を食べる。

それから、自転車で街に行って、用事を足したり、買い物をしたり。

さて、大幸に来て、毎朝の儀式を経てパターン化した仕事の繰り返しが始まる。

 

お客様は毎日様々。

週に数回来てくれるお客様から本当に懐かしい!お客様までいろいろ。

朝、さて今日はどんなお客様が来てくれるかな?

イメージするけれど、大たいが私の想像外の想定外のおもしろい展開が起きる。

だから、毎日おんなじことをしているようだけれどもう39年もやってこられた。

 

昼が過ぎ、3時を過ぎ、5時、6時。

あと3時間で閉店時間!?

9時でラストオーダー。

いろいろおしまいして、家に着くと11時を回る。

 

この繰り返し。

しかし、現実はそうではない。

 

本当は変化に富んだ毎日。

 

ある日は家政婦さんのように。

朝6時半、目覚ましで起きる。8時にK市の娘の家で目を覚まし、頼まれた用意をして8時に大幸に向かってご出勤。

それから、電車に乗って、買い物と用事をしながら9時過ぎに自宅へ到着。

草花に水をやり、畑で野菜をとって、シャワーを浴び朝食を食べる。

そのあとは大急ぎで大幸に駆け込み、そ知らぬ顔でしごとをする。

 

9時のラストオーダーのあとはまたまた大急ぎ。

さしあたり今夜しなくてはいけないことや明日の用意をして、よなよな10時半に大幸を出て、駅に向かう。

K市の深夜のスーパーで食材を調達して、娘の家の台所に立つ。

気が付くと0時を回っている。

 

ある日は付き添う人として。

東松山から東上線に乗って、小川町で乗換。

小川町から八高線で高崎下車。

高崎で両毛線に乗り換えて、伊勢崎に。

伊勢崎から東武線、三つ目の駅で降りた。

 

群馬に嫁いでいる姉を訪ねて、電車で行くルート。3時間の小旅行のようだった。

車の2倍の所要時間だ。

しかし、道中の車窓からの景色は2倍どころではない。

長い道中、予想もしない電車のトラブルでいったいいつ着くものかとハラハラもした。

しかし、のどかなのんびりとした時間は心の洗濯でもあった。

高崎で目当ての駅弁を買い、車中で旅人の今だけの話し相手を見つける。

 

姉がこれから入院する病院を知っておくために今日は姉のお供をさせてもらった。

検査で遅くなるようなら止まって帰るはずが、おかげさまで今ここに。

 

ある日はライブに。

ロードバイクの世界での私が考えるパイオニアは私の師匠でもある「こ〜ぢ先生」。

パーカッショニスト界でのパイオニアは「田中倫明さん」で間違いない!

縁あって、昨日、倫明さんのライブに行くことができた。

 

電車で16分のところの「鶴ヶ島ハレ」。

私は初めて倫明さんのライブに行った。

ライブはいい!!

何が?って、現場に行った人にしかわからないだろう!

 

遠く静岡、浜松から来たナオミさん。実はインドネシアからだ!

昔からのフアンと名乗る方もいた。

 

勘違いはなはだしい私は、倫明さんは私のためにこの「鶴ヶ島」を探してくれた!と思ってしまったほど。

倫明さん!また鶴ヶ島のライブハウスでぜひお願いします!

皆さんもその時は是非!

 

ロードバイクのプロも、ミュージッシャンのプロも、プロはみんな哲学者だ!

倫明さん今夜は「仙台」、明日は「盛岡」。

明後日は「秋田」。

「ORACION  TOUR」ぐるっと回って、八月五日は「目黒」。

また行きたいなー!

またその空気にまざりたいなー!

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

ありがとう!松女生

今朝、私は川越市から東松山に向かって、電車に乗った。

 

池袋方面から来た電車で、ちょうど通勤通学時間だった。

私はリュックを背負って、両手に紙袋を下げ、ウオーキングシューズといういで立ち。

電車に乗り込むと、入り口近くにいた、女子高生がさっと立ち私と目を合わせた。

とたん、彼女の前にいた、大学生らしき男性が、さっと座ろうとした。

たぶん私に籍を譲ってくれた?と思った私だったけれど、ま、いいか!

私は元気だから。

 

でも、その女子高生、目力とでもいうか?

なんだかわからないけれど、大学生は座るのをあきらめて、私は女子高生に「ありがとう!」と言って座らせてもらった。

 

私はその女子学生さんがさっと、年長者の私に席を譲る「その気持ち」がまずは嬉しかった。

 

朝から優しい高校生に会ったこと。

とても気持ちが良かった。

 

只、私も世間的にはおばあちゃんなのかなとちょっぴり自覚もした。

それより、譲る人も勇気がいる。

だからそんな風に思わず、「ありがとう!」と言って譲ってくれたひとの心を汲んで素直に席をゆっずられるべきと私は常々思っている。

 

東松山で改札を出てから彼女に改めて「ありがとう!」と言って、私は家路を急いだ。女子高と私の家は同じ方向だ。

私のぐいぐいと歩く姿を見て、もしかして、あのおばあさんには席を譲らなくっても良かったかな?と思ったかもしれない。

実は、私はいつも駅の階段は一段ぬかしして、二段ずつのぼりの訓練をしたり、毎回駅までの歩く時間の短縮をチャレンジしている。

 

いつも歩道一杯に通学している女子高生というイメージから、素敵なことをする気持ちを持っている女子高生を知って、「気持ちのいい1日」のスタートが切れた。

 

ともかく感動の朝だった!!

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

感動の銚子電鉄

もう、一カ月もたってしまった。

 

私たちは「母の日・父の日プレゼント」として、千葉の旅に連れて行ったもらった。

 

そして、その本当の目的は「銚子電鉄」に乗ることだった。ということを出発して知った。

東松山を6人で出発し、まずは南房総を目指した。

昼は回転ずしだったけれど、私たちが知っている回転ずし以上のさすが海の近く!

おいしいお寿司を堪能した。

そして、由緒ある千倉温泉 千倉館に泊まった。

南房総で花でも観るのか?

千倉館での宿泊が目的か?

宿の船盛が楽しみだったのか?

 

いえいえ、全部おまけ。

 

「銚子電鉄」でした。

南房総では雨の音で目が覚めた。

昨晩告げられた予定によると3時間以上離れた、銚子まで行くということだった。

私たちはこの雨の中、そんなに遠くまで行くこともなく近くでゆっくりしたらいいと思った。

 

ところが主催者たちは行くということだった。

 

しぶしぶ連れていかれたけれど。

本当にいいところに連れて行ってもらった。

 

「アイデア!」

銚子駅から出発して9番目の外川駅が終点。

たったの10駅。

‥甜屬望茲辰浸の驚き!車内が風船などなどでデコレートされている。そして、ライトまで設備されている。

楽しい!お客様の写真が電車の中のいわゆる広告を貼るところにたくさん飾ってあった。全く自由だ!

銚子駅で切符を買うのではなく、電車に乗ってから、昔のバスのように車掌さんがいる。

その方から現金で買う。パスモもスイカもつかえない!!

銚子駅の改札を切符なして通過し、「銚子電鉄」のホームまで切符なし。レトロなゲートを通過して、やっと「銚子電鉄」の世界に入る。

「銚子電鉄」ではお買いものの宅配サービスをしているらしい。

申込みをすると某スーパーもやっているように宅配をしてくれるようだった。そういたインフォメーションが電車の中にされていた。

そ点の外川駅では「ありがとう」バッチを探す。

駅でパン、惣菜も売っているようだ。

しかし、時間が来ると無人駅になってしまっていて、お買い物はお預けになる。

ゾ潴の街銚子。お醤油だからおせんべい。

ぬれせんべいを「銚子電鉄」で販売して、消えてしまいそうだった、「銚子電鉄」をよみがえらせ、更にたぶんこれからもっと注目されるだろう!と私は感じ非常な感動話だった!

μ疑佑留悗多そうだったけれど、たまに駅員さんがいる駅では駅員さんが手を振ってお見送りをしてくれた。

Т儻客だけが乗るのかと思ったけれど、地元の小学生が利用していた。

ランドセルをしょっているのだから毎日載っていて、「顔パス」なのだけれど、律儀にランドセルから定期券を出してもらい、

いちいち確認している車掌さんはお仕事といえども私は思わず微笑んでしまった。

┿笋燭舛麓崗犬気鵑ら往復切符のほうが得ですよ!と説明を受けて、6人分、ほんのさっきまとめて買ったのに、帰りの「銚子電鉄」が発車すると改めて、切符の確認をされた。

それも、「銚子電鉄」を味わうチャンスなのだろう!

 

今、町おこしと言われるけれど、この鉄道会社はアイデアいっぱいだった。

次回は一日この電車に乗って、10個の駅をひとつずつ降りて街を探索してみたいなあ!と思った。きっともっともっとアイデアいっぱいに巡り合えるだろう!

こんな遠くまで!と思ったことはいっぺんに、巡り合えてよかった!に替わった。

 

大幸も「銚子電鉄」のようにアイデアいっぱい、自由な発想一杯のお店にしたい!!

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

贅沢な朝食

まず、前日の夕方5時。

 

昼食兼夕食から始まる。

そして、12時間後。

珍しく空腹で、目覚める。

 

毎日毎日、目が食べたくて、空腹を感じることもなく時間になると食事をする。1日3回の食事は日課。

 

なににひらめいたのか?

 

1日2回の食事に挑戦してみた。

 

夕方5時に昼ごはん兼夕ご飯をとると、深夜にまだお腹は空かない。

しかし、朝早く、空腹で目が覚める。

 

6月27日月曜日。

なんとすがすがしい朝!

「そうだ!庭だ!」

 

まず私は庭をぐるっと歩いて、仏壇に供える花がないか探した。

透明人間になってしまった「なべ」おばあちゃんは四季折々にあっちで、こっちで花が咲くように準備してあった。

 

庭からもいだトマト2個、キュウリ3本、ナス6個それと庭の杏子で作った酸っぱいオリジナルスープ。

庭からのプレゼントだ!

朝から稲庭うどんをうでて、納豆、モズク、朝どりきゅうりの塩もみも入れ、ねばねばうどんに。

 

なんと贅沢な朝!

芝生のの中の虫たちは朝鳥たちにもぜっこうの朝食だ!

ウオーキングの人々を眺めながら、私も朝食。

私もウオーキングの人たちの目にどう映っているのだろう。

 

ペコペコのおなかは底なしのようだった。

翌日の朝は

どんよりとしていた。

 

晴れ渡る朝日を背中に、芝生の庭に、またテーブルをはなえたい。

 

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

「母の日・父の日」プレゼント

6月12日(日)13日(月)一泊2日で千葉に行ってきた。
大幸はおかげさまで従業員とパートさんで営業してくれた。

「母の日、父の日」プレゼントで娘夫婦に両家両親2組との6人での旅行をプレゼントされました。
不思議なご縁で出会った私たち6人で旅行に出られることに喜びを感じた。
大幸は思い切ってみんなにお任せして、のんびりと出かけさせていただきました。

プレゼントされたのは「一枚の手紙」。日にちと宿だけ書いてあるものだった。

宿は南房総市千倉館。
かなり人気の旅館らしい。
近いけれど、千葉って意外といったことがなく。プライベートではなおさら。

始めは「土、日」の予定を打診されていたけれど、途中日程変更。
理由は車中で聞かせてもらったけれど、私たちは私たちなりで解釈をしていた。

‖膵を留守にするには土・日より日・月のほうが大幸の従業員への負担が少ない。○ラッキー!
田植に励んでいる父にとって、日にちが後ろにずれたほうが仕事がはかどっている可能性大。○ラッキー!

いつも忙しいと見えている私。今回は「3か月前に計画」を伝えてくれていたから、私の予定。○ラッキー!

この計画について、全員、「一つ返事でOK!」だったそうだ。

このことは楽しい旅の成功を予言していた。
何と良く気の合う人たちだろう!


当日9時。東松山に車で迎えに来てもらい旅はスタート。海ほたるにて休憩、昼は千葉でスーパー回転ずしを堪能し、千倉館に向かった。
翌日はあいにくの霧雨、千倉から、海沿いを銚子に向かった。
千倉館からすぐの海岸で見た昨日の海の景色と大違いの海岸線をおともに。
昨日のサーファーの姿も豹変した海に見ることはなかった。

こんなにたくさん雨が降っていることは、「田んぼの水の心配」もなく、「安心して車中を過ごす」ことができた。
大幸も、このお天気だとお客様の出足もそれなりだろうと38年の経験から想像した。

日、月の行程のお蔭?で渋滞という「もったいない時間」を使うこともなく、千倉から銚子に向かった。

出発時、今日の予定は?
「銚子まで3〜4時間」!

なぜこんなに長い時間をかけて、雨の中わざわざ「銚子」まで車を走らせるのだろうか?

続は次回に…
YAKINIKU RESTRANT DAIKO

左利き用:iPhoneのケース

私は左利きです。

ペンは右。
ご飯も右。

だから普通に付き合っていたら左利きには見えない。

しかし、包丁は左。はさみも左。刃物は左。
運針は右。しかし、針目度通しは左。

危ないものや微妙なものは左。

それと小学校に行ってから意識して習ったものは右。

料理をする機会を目撃した人は私が左利きということで驚く。
和服のたたみ方も右利きの人と向きが違う。

そして、最近iPhoneのケースを買った。
まず初めに感じたこと。
左手でボタンを開けるとiPhoneはさかさまになっている。
左利きは180度回転してから使う。
本当に使いずらい!と感じた。

そのことを長女に言うと、妹もそういっていたといった。
妹はやはり左利きだった。
そこで、早速携帯で左利き用の携帯ケースを検索すると、ありました。

今は何でも思ったモモはあるのですね!
だから、その場ですぐに注文してもらいました。
すぐに私の手元に届きました。

携帯電話依存症の私には、本当に朗報でした。
嬉しかったです。

今、あらゆるところで左利きが目につきます。
たぶん需要は40%ぐらいあるかなと私は思う。
我が家では私の子供は左利き率66%です。

デザインはまだ1種類しかなかったけれど、毎日たくさん手に触れるものだから隙間産業まだまだ未来はありますね!

私のこの感動解かってくれる方はいるかな?
 
YAKINIKU RESTRANT DAIKO


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