ようこそ焼肉れすとらん大幸へ、大幸は年中無休で営業中。皆様のお越しをお待ちしております。

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農業で頑張っている若者を応援したい!

食材屋さんの企画で、ヨーロッパ野菜の生産者の見学会に行きました。

さいたま市へ。

東松山ですら、農業をする若者が少ないのに、さいたま市という私から見て、都会の農業、野菜を作って生計を立てている方に非常に関心を持った。

東松山から朝霞台。北朝霞〜越谷。せんげん台から埼玉県立大学を目指し、20分歩き、そこから更に10分行った地域が目的地。

東松山から2時間電車に乗って、30分歩いた。

農業をやっているということは便のいい駅前ではないのは当然。

私は日頃からたくさん歩いているから30分も何でもないけれど、確かに遠かった。

 

その日のお宅は34歳の青年が脱サラで野菜作りをしていた。

今年の天候。

暑かった夏。雨ばかりの秋。急に寒くなった今。

素人の私でさえ心が痛くなる。

チャレンジャーだ!

 

生産者のお話を聞いていると、野菜の値段が高いとは言いたくなくなった。

これから将来生活をしていく若者が頑張れる値段をつけたく思った。

 

今、TTPというニュースがいろいろ聞こえるけれど。

 

お米を作っている幸吉さんになぜみんな農業をしないのかと素朴な質問をした。

農家の長男として、生まれて間もなくから農業をすることを前提に生きてきた人が、こうして大幸を始めたり、今東松山市野本地区でお米を作っている数少ない家になっていること。

お米を作らなくなってしまったら、田んぼの将来、いえ、私たちの食糧、小さなことだけれど、それは大きなこと。

私たちの命を支えている自分たちの食糧。

 

さいたま市で生業として野菜作りをしている若者を、私ができるほんの少しの協力として、週に一回でいいからその野菜を食べていこうと早速注文した。

焼肉屋で使わせてもらえる野菜は何?か?まだ研究中。

皆が生産者の気持ちになって、1株ずつ食べていったら...

世の中みんな支えあいだと思うんだけれど?

 

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

成くんおめでとう!!

成君が15歳以下 全日本チャンピオンになりました。というメールが送られてきました。

 

成君とは今年知り合ったばかりだけれど、夏休みにかけて、フランスに行くための前一週間、四国から単身でベルナール自転車学校でレッスンを受けていた。

その時「彩来留縁び」や大幸での食事を通してほんの少しかかわっただけ。

しかし、中学生とはいえ本当にしっかりとしていた。

フランスでも10本の指に入る!と評価されたと耳にした。

だから今回のチャンピオンも成るべくしてなのかな?とも思う。

 

ただ、これからが長い自転車人生。

けがなく、すくすくと2020年を見据えて「脇」をしめて頑張ってほしいと思う。

 

15歳でも、チャンピオンはしっかり大人の行動がとれるよう、今まで以上に自転車以外でも「チャンピオン」にふさわしい人間で在ってください。

成くん!ほんとうにおめでとう!!

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

菊の花に

菊の花は秋だ。

9月になったら花が咲くと思っていた。

10月なら咲くと思っていた。

私はよくわかっていなかったけれど、菊は良く知っていた。

 

ここ何日かの朝晩が冷える気候になって、菊は固かったつぼみを急にほころび始めた。

私は黄色よ!白よ!エンジ色よ!と何色の花が咲くのかわかるようになってきた。

菊って、秋は秋でも冬に近い11月の秋なんだと知った。

 

私がなぜこんなに菊を楽しみにしているかというと、挿し木をした菊が根付いたからです。

おばあちゃんのお墓参りに行くときに、花屋さんの花は長すぎるので20センチぐらいカットしています。

いつもはそれをゴミとして捨ててしまっています。

ある日何気なく土に挿しておきました。すると、菊の葉が出てきました。

私はとてもうれしく思いました。

 

あわてました。お水さえあげずに放っておいたのに、生きていたのだから。

それからは毎日、申し訳ないという気持ちで十分お水を上げるようになりました。菊の成長が楽しみになりました。

朝一番の仕事は菊の水やりです。

肥料もあげたり、夏の暑いときも無事に過ぎ、どんどん成長しました。

やっと蕾も見えてきました。

菊の成長を見ていると、なんと生命力が在るのだろうか!と驚きの連続。

 

嵐で折れてしまった枝も挿し木にすれば元気になったし、糸一本分でさえ元の枝についていると、そこがだんだん太くなって、かえって前よりも太く成長しているのです。

 

朝晩寒さが一段と強く感じられるこの頃、固かったつぼみもすっかり膨らみいよいよ色づいてきました。

枝ぶりで重くなって地面についてしまった枝は、またそこから天に向かって新しい枝が伸びています。

 

明日かな?花が見られるのは。

そうしたらまず一番におばあちゃんのお墓に供えさせていただこう。

菊は清楚で辛抱強くて生命力がある。

そういえば、和服には沢山菊の模様が描かれていたなあ!

家の庭にも見様で、欲目で和服の模様のように見える菊群もあるかな?

 

在る年の秋、私の庭が小菊御殿になっていたら。

そんな夢まで挿し木した菊から見させてもらっている。

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

遺影撮影会「誕生日・今年一番の笑顔」を!

今日は私の62回目の誕生日です。

 

私は毎年誕生日にプロの写真家さんに「私の今年を象徴するテーマ」で写真を撮ってもらう約束をしている。

 

今日はその日。

今年は「大幸ボンシャンススポンサー元年」なので私はボンシャンスの群青色のサイクルジャージを着用した。

おかげさまで天候にも恵まれ、風は少し吹いているけれど写真日和です。

裏庭はほとんど風もなく、この季節を象徴するにふさわしいみかんの樹をバックに場所選びをしました。

なかなか普段は行かない裏庭なので、黄色に色づいたミカンの木を発見し、背景にいれてもらうことをリクエストをした。

楽しいことに満たされた気持ちをいっぱいイメージして「私の今年一番の笑顔」でカメラに臨みました。

撮影時間は大幸開店時間30分前まで。

 

撮影会はいっぱいの心の満足と共に終了!

あとは出来上がりを待つのみ。

 

60歳の還暦を迎えたとき、私は明らかに人生の折り返し地点を感じた折、これからマックス60枚の誕生日写真を笑顔で撮っていこうと決めた。もしかしたらこの1枚が永久に飾られる写真になるかもしれないと感じながら。

 

一枚目は61歳の誕生日がスタートになった。

 

今日までの一年の間に、もし私に何かあったらこの写真を遺影に使ってくださいと「最高の笑顔」が我が家の代々のご先祖の写真には並べずに、いつも一段別のところに飾ってあった。

 

おかげさまで一枚目の「私の今年一番の笑顔」の写真は使われることなく今日を迎えられた。

 

誕生したからには終わりはたった一回だけたいてい突然に必ず来る。

それはいつかは誰にもわからない。

でも必ず来るのだから、いつ来てもいいように私は覚悟を決めている。

日々、やり残しがないように。

やろうと思ったことはなるたけ早めにしておこう。

用事も先送りにはしないよう心掛けている。

しかし、それらはなかなか難しい。

 

今後も、「誕生日・私の一番の笑顔」写真を見ながらこの決意が薄れないよう、また今日も大切に!

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

ザ・プライス/イトーヨーカドーの閉店

今日の埼玉新聞一面トップに、プライス東松山店の完全閉店の記事があった。

 

すでに10月1日から店頭には10月30日で完全閉店の告知はされており、お客様はみな承知している。

 

そして、店内では「これからどこに買い物に行くか?」お客様のささやきが私の耳にも聞こえる。

7年前、イトーヨーカドーが無くなったら、駅前地区は買い物難民が出来てしまいそうだった。

地元の要望に応えて、プライスがオープンした。

 

新しいお店ができると、ふらふらとそちらに行ってしまい、近くのお店が店じまいをしていく。

 

私の人生の中でも、スーパーマーケットが出来て、個人店が消えた。

郊外の大型店が出来て、スーパーマーケットが消えていった。

郊外の大型店も、モールが出来て、苦戦している。

 

そして、たいていの人は年を重ねて、ご近所にお店がなくなったり、足腰悪くなって、郊外のモールに買い物に行くことはとてもエネルギーを必要とすることに気が付く。

 

お店には見えないお店の役目があった。

お客様がどこのどなたかわかっていて、お顔が見えないと、心配してくれる人がお店にはいたのに。

 

お客様は移り気だ。

お客様の気持ちをしっかりつなぎとめられなかったのはお店側に問題があったのかもしれない。

 

お客様も、お店もどちらも無くてはならない関係で、どちらが上とか下とかそんなものはない。

お客様には大事なお店で、お店にも大事なお客様だと思う。

 

プライスの完全閉店の告知から私はいろいろなことを考えた。

 

遠くの親戚より近くの他人、と言われるように。

 

あらゆることでご近所を大切にしなくてはいけない。

地産地消!大事なことだと思う。

ご近所のお店を大事にしないと、必ず自分に帰ってくる。

大事なものは怏々として、なくなってから気づくもの。

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

みんなちがってみんないい

オリンピック・パラリンピックが無事終わり、いよいよ東京オリンピックに舵がとられつつある。

 

私の人生において、日本での2回目のオリンピックだ。

私が4年生の時で、我が家にはテレビがなかった。

オリンピックを家で見るために家にテレビを買った。

それがオリンピックが我が家にもたらしたもの。

 

それと、こんなにもたくさんの競技があること。

そして、運動を一生懸命にしている人がこんなにいるということも知った。

 

2016年、リオのオリンピックも大成功に終わっようですが、私はふと、オリンピックに出るくらいの「選手の生活」を考えた。

人一倍練習をしたり、海外の大会に出たり。

いわゆる仕事をする時間は?

大会などでちょくちょく留守になる人を会社は雇ってくれるのだろうか?

 

パラリンピックでメダルを取った選手を今は喝采で大騒ぎしているけれど、先天的に多くの人と違って生まれてきた人たちを社会はどんな視線で受け入れてきたのだろうか?

競技で一番をとること以上に世間の冷ややかなまるで針の筵にいるような空気を超えて今日を迎えた人はたくさんいるんだろうと想像する。

 

金子みずずを思い出した。

みんなちがってみんないい。

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

忙しいって何だろう?

8月5日。

ROMANTICAのライブにまた行ってしまった。

 

中目黒の「楽屋」というお店だった。

田中倫明さんから、鶴ヶ島でライブがあるから宣伝お願いします!とチラシを受けとったのに、実際、鶴ヶ島に声をかけた人は誰も来られなかった。申し訳ないな!と思ったのと、私が倫明さんのライブの良さを初めてでみんなに伝えられなかったのを少々悔いていたので、何とか今回のツアーの最終日に、もう一度誰かを誘っていきたかった。

 

私はいつものように、5日の金曜日に大幸を空けられるようにと、いろいろと作戦を練った。

大体いけそうな目鼻をつけてから、目黒に在住の高校の同級生に電話をした。

「明日の夜時間を作ってほしい」という突然の電話にもかかわらず、彼女は一つ返事でOKしてくれた。

誘った私がいけるかどうか直前までわからないのだから、早くからは、なかなか友達は誘えない。

 

本当に運よく中目黒のライブハウス「楽屋」に行くことができた。

何しろ彼女にとって、中目黒は庭のようなものだったから。

友達は音大を出て、ピアノの先生をしている。

東京で職業としてピアノの先生をしているのだから、素晴らしいと思った。

彼女は倫明さんたちの楽器にとても興味を示した。

 

突然の誘いに友達は喜んで時間を作ってくれたし、私もまた違う会場で2度もライブを体験できて本当にうれしかった。

 

私は朝から寝るまで毎日スケジュールがいっぱいなんだけど、ライブに行く時間は運よく空きができていた。

 

忙しいって、何だろう?

自分で勝手に「isogashii」と思っているだけかな?

確かにいろんな欲でいろんなスケジュール入れているだけかもしれない。

予定は未定。

今だいじなことに時間を使いたい。

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

映画

私がボランティア活動を始めたきっかけは、小山内さんの講演を聞いたことがきっかけだった。

 

小山内さんは主に、「カンボジア」を支援していた。

その後私がマラソン大会に行くようになって、有森裕子さんがスポーツを通じてやっぱりカンボジアを支援しているのを知り、

マラソンは得意ではなかったけれど、私もカンボジアに行ってアンコールワットの周りを義足のランナーと走らせてもらった。

義足のランナーは速かった。

そのころは、私も今より時間があったのでいろんな活動をしたり、いろんなところに行った。

かつては、大幸も人手があったし、私は家や、家族のことを後回しにして、いろんなことができた。

私の代わりをしてくれる人に恵まれていた。

なべおばあちゃんがいなくなってから、私はすっかり「家付き」になって、活動を縮小せざるを得ない。

 

そんな折、小山内さんのお便りからカンボジアの映画のお誘いを受けた。

以前よく行った「岩波ホール」。

私は大幸の仕事の合間を縫って、久々に行ってみようと思って、出かけた。

岩波ホールは「思いのある良い映画」を上映し続けているし、何しろ駅に隣接している。

そして、東松山から一直線で行けるのがいい。

 

「激動の時代を生きた映画人たちの壮大なヒューマンドラマ!」

「シアター・プノンペン」という映画だった。

 

黒柳徹子さんが、

「幻想的な映画!私がカンボジアに行ったのは30年前、ポルポトに三百万もの人々

が殺された少し後でした。この映画の母親役や映写技師はその中を生きのびた人達。

ラブストーリーでありながら悲しい歴史を伝える壮大な作品。」と、

この映画のチラシで言っている。

 

私の心にもしみこむ。

 

なんでもそうだけれど、いいものってじわじわとしか伝わらないけど、いいものに出会えるって本当にうれしいこと。

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

世間様へのお返し

明日の予定はある。

しかし、明日のことは明日になってみないと分からない。

一寸先は闇!

 

ふと、去年の日記を見た。

確か、日本体育協会のコーチの研修会に行ったりとかなりハードスケジュールだったなと思った。

 

明日の365日後は来年。

 

去年の365日後は今年。

 

去年、私はこういうう今を迎えるなんて、想像できなかった。

想像以上のことが起こるものだ。

今は今なりのハードスケジュールでいっぱいだ!

 

そのハードスケジュールを縫うように、ふわっと、予定がない日ができる。

7月27日も、ふわっと予定が空いた。ちょうど3回目のボンシャンスのフランス行きの空港のお見送りの日だったので同伴させていただいた。

今回は、若い中学生、高校生のメンバーだった。

私はなぜこのこたちのお見送りに同伴するのだろうか?

その訳の心当たりは、そう、私の娘たちが中学生の時お世話になった、読売新聞主催のカルフォルニアでのサマーキャンプに在ると思える。

 

今の大幸と違って、20数年前は、想像もつかないくらい大幸は毎日忙しく、私は子供のお世話をする間もなかなかなかった。

その時、夏休みだからと言って、子供たちをどこかに遊びに連れて行ったあげられない私たちの代わりに、大学生が引率して連れて行ってくれるキャンプを見つけた。しかも4週間という長期間。

小学生を一人で4週間もキャンプに出すなんて・・・・しかも外国。「不安」と考える余裕は当時の私にはまったくなかった。

 

他人に子供を見ていただけるだけで本当に助かった。というのが私の事情だった。

 

子供たちは何とか世間様に育てていただいて、何とか無事に大人になれた。

今、私には当時よりたくさん時間が作れるようになったので、今度は私がお手伝いできることをする番!

私はこんな風に考えている。

そして、私の近くで世間様にお返しできる一番近くにあることが今の時点では、ボンシャンスの中学生たちの空港へのお見送りだった。

 

一般的には、自分の子供は自分で見るかもしれない。

しかし、私にはわたしの事情があって、今、そのお返しをさせてもらっている。

私はこれから、まだまだいろいろなことで『世間様にお世話になっている「お返しという課題」』が積算している。

少しずつですが大幸の仕事の合間を見つけて、たくさんお返しができるようにと思っている今です。

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO

日本体育大学に行きました

6月のある日、新聞を何気なく見ていたら、「組み体操・マラソン.…スポーツ事故防ぐ」という見出しで、公開講座があるという記事が目に入った。

日時は、7月23日は土曜日。

私の予想としたらその日は、大幸は梅雨が明けて、「偉く暑くて、忙しいか」あるいは「梅雨がまだ明けずで雨が降っている」そのどちらかだ。

ともかく予想しているだけではどうにもならない。

申込みだけは気が変わらぬうちにと、すぐに電話で申し込みをした。

 

場所は日本体育大学。

健志台キャンパス。

なじみのない東急田園都市線青葉台駅よりバスで向かう。

というか、私には体育大学の門をくぐるということ自体なじみのないことだ。

小学校時代、ほとんどだれもが大好きなはずの外遊び。それが苦手な私には考えられない50年後の出来事だ!

 

早速私は携帯で当日の行き方を調べて、当日を待っことにした。

 

大幸が非常に忙しそうだったら止め!と心で思ったりもした。

 

いよいよ23日。私にお天気が味方した。

この頃としたら涼しい。イコール大幸は忙しくはないという39年の経験にもとずく予想。

また、幸か不幸か、私が念力をかけていたのか、大幸には大きな予約もはいらなかった。

これならいける。

 

いつものことだけれど、私は獲物を狙う時の獣のように、静かにじっと様子をうかがっていた。

だから23日の日本体育大学に行くという予定は私の心での「隠密」となっていた。

やたら公言したら夢の話になってしまいそうに思えた。

 

行ってみた感想。

「よかった!」

「スポーツに伴う救急事故を防ぐ」というテーマは、スポーツにかかわる人全員が考えねばならないテーマだから。

なぜなら、スポーツには事故はつきものだから。

しかし、けがをさせてはならないもの。

指導者は知っていなくてはならないし、少なくとも私は、「日本体育協会」のコーチの資格の勉強をした者として、学校の体育が苦手だった私こそは、更に機会を見つけて勉強していかねばならないと思っている。

 

今回は、市民講座だから、難しいことを、やさしく、深く、面白くお話してくださるよう配慮がされていた。

 

7人の講師の先生が20分ずつ本当に時間を有効に、かつ飽きないように充実した時間を作ってくださった。

大学関係で教授をされている方、研究をされている方。

体育関係、医学関係と、電話1本で申し込むだけでこれだけの講師の先生のお話を聞ける機会はそうはないと思った。

貴重な機会と空間だった。

 

これから、私は本を読んだり実践の積み重ねなどで、大幸のお客様とのさりげない会話にこの勉強を生かせたら、その時この忙しい合間を縫って勉強に行かせていただけたことへ恩返しができると思う。

 

大幸は、ただの焼肉屋、だけれども、一味違った個性を持ったただの焼肉屋でありたい。

 

そう思う私も、渋谷から青葉台にかけて、だんだん気持ちが揺らいでいた。青葉台でも、日本体育大学行のバスターミナルは順調に見つかった。

しかし、並んでいる人がすべて体育大学関係者に見えてしまう。私が勝手に想像する「体育大学生」に見えてしまう。

 

ロードバイクのコーチの勉強のときもそうだったけれど、場違いのところに来てしまった!と、今更のように気づく。

ドキドキする気持ちを抑え、「ひるまず、ひるまず」と自分に言い聞かせる。

公開講座だもん!誰が行ってもいいんさ!私はスポーツのことがわからないからこそ勉強しなくてはいけない!んだ!

 

日本体育大学社会貢献推進機構のトップは「谷釜 了正 日本体育大学学長」からのあいさつで始まった。

開催にあたって、多くの方々のご協力でこの会が出来ていること。大学は社会に貢献する役目があること。

それを、こういう形で実現していること。

大学生もたくさんお手伝いをしていた。

私には、資料や様々な準備など至れり尽くせりさが感じられた。

 

一生で一日しか日本体育大学に行く機会はなかったかもしれないけれど、大学の中も歩いてみたし、学食に行ってお昼も食べさせてもらった。

40年以上前に戻って、大学生に戻れたら、ここに普通にいてみたい。

もしそれができたとしても、当時の私には、体育大学の学生にはなれないだろう。

しかし、心の中で思いがあれば、たった一日だけど、大学生になったつもりで大学の先生から教えを乞うこともできるものなんだと思った。

 

毎日毎日の変化は少ない。

39歳から、ほんの1キロずつでいいから自分をだましだましして走ったこと。

それから20年余り。

私が「スポーツに伴う救急事故を防ぐ」というタイトルに惹かれるまでになったこと。

 

走った時もたくさん転んだ。

ロードバイクに乗るようになってもたくさん転んだ。

 

ライフセーバーの講師の先生が、「事故を未然に防ぐことが一番のライフセービング」と仰っていた。

 

この言葉が今回一番印象に残る言葉です。

 

 

 

YAKINIKU RESTRANT DAIKO


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